k-01
history-1






 


フォクトレンダーの交換レンズは、すべて長野県にあるコシナで作られている。企画・設計から始まり、レンズ製造・金属加工による部品作りを経て、必要とされるパーツができあがる。それを組み上げて1本の交換レンズという製品に仕上げるのが製造部門の役割だ。

工程を拝見していて、精密な作業を手早く進めているのが印象的でした。市川さんは製造部門一筋18年ということでベテランの域に達していると思うのですが、組み立て作業っていきなりできるものなのでしょうか?

「やっぱり最初は全然できなかったですね。もちろん組立書・製造仕様書という手順が記入されたマニュアルはありますが、それだけでは読み取れない部分があります。作業にはそれぞれコツがあるんです。それを慣れている人に教えてもらったり、手を動かしているところを目で見て盗んだり(笑)」


精密光学機器でありながら、製造の現場は伝統工芸の世界みたいな部分もあるのですね。特に感心したのは絞り羽根の組み込み作業です。これは素人の視点では神業に近いスピードでした。

「初めて絞り羽根を組んだ時には『お前、これしかできないのか?』と言われながらやっていました。一般的な交換レンズでは絞り羽根の数は6枚程度ですが、フォクトレンダーではボケの形を丸に近づけるために12枚も使う場合があります。作業はリングの上にあるピンに絞り羽根の穴を合わせて1枚、2枚と重ねながら置いていきます。少しでもバランスを崩すとバラバラと絞り羽根が落ちてしまうので集中力が必要です。7、8枚目までは大丈夫ですが最後の3枚くらいはピンが羽根に隠れて見えなくなるので、文字通り手探りで作業するんです」


見えないピンの位置に穴を合わせて落とし込むとは、かなりの習熟を要する作業ですね。市川さん自身が組み立ての現場で何か驚いたことはありますか?

「交換レンズのヘリコイドを連結させる“直進キー”と呼ばれる部品があるのですが、それをヘリコイドのガイド溝のバラツキに合わせて作業者の感覚で調整する工程があります。作動の感触にダイレクトに影響する部分で、合わせ過ぎると詰まった感じになり、広げ過ぎるとガタが生じます。管理をする立場になって分かったのですが、調整しているのは数値にするとミクロン単位。それを人間の感覚で合わせていることに改めて驚きました」

アポランター50mm F2の、製造上で特徴的な部分があれば教えてください。

「直進キーは普通では1箇所ですが、このレンズでは2箇所使っています。それに加えて金属製のローラーを3箇所に設けています。そのローラーは微妙に直径の異なる部品が何種類か用意されています。そこからピッタリなものを選ぶことで、ヘリコイドの外筒との間隔調整をしています」

その目的としては、ピントリングを操作した時の感触をよりよくするためですか?

「簡単にいうと、そういうことですね(笑)。操作フィーリングに関してはヘリコイドグリスの調合も1機種ごとに変えています。それは機種によって異なるヘリコイドの構造や仕様に合わせて、フォクトレンダーの交換レンズとしてどのモデルであっても同じ操作感覚になるようにするためです。製造技術と設計で色々と打ち合わせをして、グリスの調合を決めていきます」



組み立ての現場で印象的だったのは、職人の手技の世界と並行して設置されたMTF測定装置によるレンズ調整です。

「製造の見学をしていただいたアポランター50mm F2は、レンズを単純に組み込むのではなく、光軸やレンズ間隔を測定・調整しながら組んでいきます。MTF測定装置を導入する以前は投影解像チャートを用いるなど間接的な方法で測定し、光軸を出しながら組み立てていました。MTFの数値を計測しながら1本1本のレンズが最高の性能を発揮できるように調整するようになったのは、コシナがフォクトレンダーのレンズを設計・製造するようになって5年ほど経過した2004年頃からです」


製造の担当者として、今までで一番手強かったレンズは何でしょうか?

「マクロアポランターの65mmですかね。あのレンズは非常に構造が複雑で組み立てに神経を使いました。昔のシンプルなレンズと比べると性能を上げるためのフローティング機構など部品点数も多く、調整作業も含めると工数は3倍にはなっているという印象です。フォクトレンダーを担当する部隊は他の製品部隊に劣らない実力と経験を持っており、すべてのフォクトレンダー製品を組み立てることができます。新製品のアポランター50mm F2も高度なスキルが要求されるレンズでした。このような組み立ての難易度が高い製品は年を追うごとに増えてきていると思います」


市川さんにとって、製造工程での一番のこだわりポイントは?

「実は私、入社以来ずっとマニュアルフォーカス一筋でAFレンズを組んだことがないんです。個人的にもピント合わせの操作感覚に対する思い入れがあります。操作トルクの規格では表しきれない、手に吸い付くような感覚。そこにこだわって、ものづくりができればと思って作業しています」


フォクトレンダーブランド再生20周年モデルであるアポランター50mmF2がいよいよ発売されます。これからこのレンズを手にするユーザーに向けてメッセージをお願いします。

「設計も製造も、この20年間で積み上げてきた技術やノウハウの蓄積で少しづつ進化を続けてきました。20年前では、アポランター50mm F2は作れなかったと思います。このレンズは設定された数値も非常に高く、様々な項目で調整を行い、厳しい検査に合格したものだけを出荷していますので写りには自信があります。それに加えて、マニュアルフォーカスの作動感触を味わっていただきたいです。感触はスペック表に載っていませんし、写真にも写りません。ですから、ぜひ実際に触って動かしてみてください」

レンズの性能はもちろん、数値で表されることのない感触も含めたものづくりがフォクトレンダーの真骨頂なのですね。どうもありがとうございました。


 


    究極の標準レンズ
アポランター50mm F2の作り手たち